microcosmos  4

日々の思索

本村俊弘の霞ヶ丘日記(84)

2014年(平成26年)11月27日(木)

午前4時45分頃に目覚める。小用を足す。起きたときにガスストーブとお風呂のスイッチを入れる。再度、寝床に戻る。二度寝は出来ず、うつらうつらする。午前5時50分頃に起床する。洗面と歯磨きをする。ブラインドを半分上げ、羽を傾けて採光する。ブラインド越しに外を伺うと、昨日一日降り続いた雨は止み、雲一つない快晴のお天気である。朝食の準備をする。木村屋の野菜カレーを温める。有機トマト3個を切る。朝食を食べながら国際ニュースを見る。エジプトのシシ大統領がフランスを訪問して、パリでオランド大統領と会談した。パリの宝石店に二人組の強盗が押し入った。強盗は逃走して美容院に逃げ込み、店主を人質に取った。62歳の男性店主は犯人二人にずっと話しかけていたそうだ。強盗のひとりは怪我をしていて、店主が止血したそうだ。強盗はその後自首することを決めて、美容院から出て、警察に逮捕された。銃撃戦を行っていたために、警察は完全武装をしていた。全米各地で警察官による少年の射殺に関して、大陪審員で撃った警察官が不起訴になったために、抗議活動が起きている。少年が射殺された町では一部が暴徒化して建物と警察車両が燃やされ、お店の窓ガラスが割られ、商品が略奪された。ロシア軍の戦闘機がクリミアに着き、軍事演習に参加するそうだ。占領したクリミアでのロシアの軍事演習はNATO軍との緊張を増長させるだろう。朝食後、入浴する。午前7時6分に出勤する。昨日の雨で路面が濡れていて、欅、桜、ハナミズキなどの枯れ葉が貼り付いている。プラットフォームで電車を待つ間、タブレットを取り出しYahoo!乗り換え案内のアプリケーションを開いて、どこで乗り換えたらいいかを探り出す。通勤急行池袋行きの電車に乗車する。志木駅で始発の各停池袋行きの電車に乗る。下車して改札口を出ると、文部科学大臣下村博文氏が街頭演説をしていた。街頭演説にしてはマイクの音量は小さめで温和しい演説だった。そのようなあり方が逆に余裕のように感じられた。ただしビラ配りなどの要員が12人ほどいて、控えめの街頭演説にしては物々しさをも感じた。バス停へ急いでいたために、何を話していたかはわからなかった。バス停前の信号機に来たところで、バスは出発しているところだった。次のバスを待つ。ローソンで昼食となるものを買ってから、職場へ向かう。自分に耐えることが、自己を成熟させる。午後5時34分頃に職場を退出する。西台経由のバスに乗る。地下鉄検査場前を通る。早く帰宅して横になりたい。終点でバスを降り、東上線の駅へ向かう。踏切を渡るとき、車と自転車と人でいっぱいになっていた。渡り終えようとすると、警報が鳴り始め、それから遮断機が折り始めた。最初は左側から次に右側から下りてきた。右側が降りる前に僕は渡りきったが、後方を見るとまだ渡り終えてない人がいた。僕は遮断機の棒の端を持って人が通れるように腕を上げた。最後の人は女子高校生で自転車に乗っていた。ちょっとした人助けをした。人身事故の影響で電車が数分遅れて運行されていたために、遮断機が間をおかないで下りたことが駅に着いてからわかった。いつも乗れない成増行きの電車に乗った。成増駅で急行小川町行きの電車に乗り、次の和光市駅川越市行きの電車に乗り換えた。乗り換えた理由は乗客が少なく座席に座れると思ったからだ。首尾よく座席に座ることが出来て、タブレットを使って読書を始めた。午後7時前に帰宅した。手洗いと洗面とうがいをした。午後7時からNHKニュースを見る。阿蘇山噴火のニュースに注目した。農作物への被害が心配である。阿蘇山が生きているということ。昔、由緒ある阿蘇神社のさらに古いと言われている山のなかにある小さな神社を訪ねたことを想い出す。午後11時15分頃に床につく。





2014年(平成26年)11月25日(火)

午前2時頃に入眠する。午前6時に設定したiPhoneのアラーム音で目覚める。暫くしてから、起床する。洗面と歯磨きをする。出勤の準備をする。朝食もとらず、午前7時頃に出勤する。昨日の天気予報では雨といっていたので、折りたたみ傘を持参する。外に出てみると、ほんの少し雨が降っていた。路面は塗れていたが、水で光るほどではなかった。傘をささずに駅へ向かう。ほとんどの人は傘をさして、歩いている。早く家を出ても、乗降客は相変わらず多い。乗車した車内は混んでいて、座席には座れない。バス停へ行くと、何時もより長い人の列になっていた。そしてバスはなかなか来なかった。そのうちに列が長くなり、蛇のようなくねくねしたものになった。バスが来て、蛇は穴蔵に逃げ込むようにはいっていった。ローソンでトマトジュースなどを買ってから、職場へ向かう。午後5時38分頃に職場を退出する。外は暗くなり、小雨が降っている。バス停へ向かう。西台経由のバスがちょうど来たので、見た瞬間に走った。並んでいる人がいたので、バスは通過せず停車してくれた。運転席の真後ろの一段高い席に座った。バスを降りてイオンの1階にあるATMに立ち寄ってから東上線の駅へ向かう。志木行きの電車に乗る。座席に座ることが出来た。志木駅川越市行きの電車に乗り換える。ふじみ野駅TJライナーを待ち合わせてから出発した。





2014年(平成26年)11月24日(月)

今日は終日、書斎に籠もって修士論文の執筆に時間を割いた。集中力を要するためになるべく雑事に追われないようにした。書斎で疲れを覚えたら、寝室の寝台に横になった。朝食、昼食、夕食時はテレビをつけてニュースを見た。気になるニュースはイランの核開発問題に関するものだった。オーストリアのウィーンでイランの外相とアメリカのケリー国務長官との間で話し合いがもたれている。イランは核開発を進めたために、原子爆弾の開発につながるものとして欧米の強固な経済封鎖にあってきた。イランの経済状態は悪化を辿ることになった。イランの前政権がとってきた外交政策アメリカ敵視政策で、反米強硬路線であった。経済封鎖の影響でイランの市民生活が揺らぎ始めてから、前政権は市民の支持を得られなくなった。憲法の規定により連続三選が認められていないためにアフマディーネジャード大統領は、出馬出来なかった。アフマディーネジャード大統領が所属する政党であるイラン・イスラーム建設者同盟は新たな候補を立てて大統領選を戦った。反米の強硬路線をとるイラン・イスラーム建設同盟は敗れ、柔軟路線をとるロウハニー氏が大統領に選ばれた。今回の話し合いは最終的なもので、注目されている。話し合いには英国、フランス、ロシア、中国など関係する各国の外相が集まっている。イランは原子力の平和利用を求めていて一歩も譲らない姿勢を保持している。欧米は原子力の平和利用という中に、原爆の製造過程に転用出来ることを見抜いている。僕の見方は最終的には決裂するのではないかと思っている。イランが欧米に屈して妥協でもすれば、強硬派のグループが待ってましたとばかりにロウハニー政権を攻撃してくるだろう。そうなれば政治情勢が不安定になり、ロウはニー政権は倒れると考えているからである。倒れるとわかっていれば、妥協は出来ないだろう。なぜイランは妥協できないのか。イラン革命の本質は妥協することではなく、あくまで欧米の資本主義からの脱却を図ったコーランの教えに基づいた国作りである。イランに対する経済封鎖は続くことになるだろう。
午後9時に外気を吸うために散歩にでる。立ち寄ったコンビニで買った商品の合計が、消費税込みで千円ちょうどだった。千円ピッタリというのも初めてのことで、少々驚いた。





2014年(平成26年)11月23日(日)

午前6時半頃に起床する。用を足す。洗面と歯磨きをする。ブラインドを半分上げて羽を傾けて採光する。ブラインド越しに外の様子を伺う。お天気は晴れのようだ。紅茶を煎れて書斎に運ぶ。タブレットiPhoneも書斎へ持って行き、充電する。アロマの噴霧器のスイッチを入れる。足元に置いている電気ストーブのスイッチも入れる。紅茶に栗の蜜を入れて飲みながら、読書を始める。僕は僕の人生において、言葉を礎石とする。午前9時に空腹を覚え、書斎から出て朝食の支度をする。






2014年(平成26年)11月22日(土)

午前4時50分頃に目覚める。それからはうつらうつらしていた。起きてお風呂の準備をしなくちゃと思いながら。午前6時ちょうどに設定していたアラーム音を聞いてからやっと起きた。起きて直ぐにお風呂のスイッチを入れた。用を足す。洗面と歯磨きをする。ブラインドを半分上げ、羽を傾けて採光する。テレビをつけてチャンネルをBSの国際ニュースに合わせる。それから朝食の準備をする。半ライスにハヤシライス、ブロッコリー1個とトマト2個を食べながら国際ニュースを見る。NATO軍のイギリスとポーランド軍が戦車による共同軍事演習をポーランドで行った。共同軍事演習はウクライナ情勢に関してロシア軍戦車部隊に対応するためである。中国の首脳陣はニュージーランドを訪問中であるが、ニュージーランド野党の労働党と会談した。またフィジーの首脳陣ともニュージーランドで会談した。食後に入浴する。午前7時24分頃に出勤する。お天気は晴れ。駅のフォームの列に並んでからタブレットを取り出して、最速のルートを検索する。武蔵野線を使うルートが最速だったが土曜日を考慮していつもの定期券のルートを選択した。準急池袋行きの電車に乗る。途中の駅で急行池袋行きの電車に乗り換える。志木駅で再度の乗り換えをする。始発の各停池袋行きの電車に乗り換える。座席に座る。たくさんの高校生と一緒に下車して、バス停へ向かう。ドアそばの最前列の一人用の座席に座る。喉が若干はれぼったい感じがする。ローソンで野菜ジュース、トマトジュース、カットしたキャベツとおにぎりを買ってから職場へ向かう。無事に職場に着き、仕事を開始する。残業を終えて午後8時に退出する。iPhoneにイアフォンをつけて音楽を聴きながら、バスを待つ。4分ほど待って西台経由のバスに乗る。運転手のすぐうしろの席に座る。終点で降りて、東上線の駅へ向かう。志木行きの電車に乗る。乗客は少なく座席に楽に座ることが出来た。何度も欠伸が出てくる。志木駅で川越行きの電車に乗り換える。駅に着いてから、左手をズボンのポケットに入れて帰宅を急いだ。
午後10時8分頃にiPhoneが突然になり出した。何事かと思ったら緊急地震速報だった。テレビをNHKに変える。震源地が長野県北部で震度6弱だった。御嶽山の噴火といい、何か地殻の変化があるのだろうか。心配になってくる。





2014年(平成26年)11月21日(金)

午前6時に設定した目覚まし音で目を覚ます。暫くしてから、起床する。用を足す。洗面と歯磨きをする。ブラインドを半分上げて羽を傾けて採光する。テレビを付けチャンネルをBSの国際ニュースに合わせる。朝食を作る。天ぷらうどんとブロッコリーを食べながら、国際ニュースを見る。北朝鮮の特使がモスクワへ飛び、プーチン大統領とあったそうだ。解説によると北朝鮮のキム総書記のロシア訪問とプーチン大統領との会談の地ならしだそうだ。北朝鮮と中国の関係が良好でないことも付け加えていた。午前7時18分頃に出勤する。早足で駅へ向かう。列に並ぶ。通勤急行池袋行きの電車に乗る。相変わらず車内は混雑している。途中で目の前の席が空いたので座る。体力的にも気持ちにおいても座れたおかげで、余裕が出来た。成増駅で下車して各停池袋行きの電車に乗り換える。急いでバス停へ向かう。3分ほど待ってバスは来た。職場近くで渋滞となり、気をもむことになった。ローソンによってトマトジュースとおにぎりを買ってから、職場へ向かう。無事に職場に着く。午後5時半頃に職場を出る。高島平経由のバスに乗る。腕組みして目を閉じていたら、いつの間にか寝ていた。自分の今日の仕事振りを反芻する。帰りの電車も混雑している。和光市駅で地下鉄から下りてきた乗客がどっと乗り込んで来た。混雑がさらにひどくなった。後世に残るような作品を書こうとか有名になりたいとか、そのような野心はない。自分が納得する詩を書きたいという気持ちはある。自分に忠実であること、自分を裏切らないことを願う。そして懸命に仕事をする事、そして堂々と死を迎えられる自分でありたい。






2014年(平成26年)11月20日(木)

午前5時半頃に目覚める。十分に眠ったという感覚はない。午前6時頃に起床する。用を足す。洗面と歯磨きをする。ガスストーブのスイッチを押す。ブラインドを半分上げる。外の様子を羽越しに見ると、曇天である。朝食の準備をする。テレビをつけうどんを食べながら、国際ニュースを見る。食後、歯磨きをしてから電気カミソリで髭を剃る。メンソレータムを薄くのばして、顔に塗る。衣類の洗濯を始める。分別したごみ袋を集積所へ持って行く。それから午前9時半頃に外出する。外に出てみると、昨日より寒く感じられる。駅へ向かう。横浜元町中華街行きの電車に乗る。通勤時間を過ぎているので、楽に座ることが出来た。電車の中で読書する。午前11時45分からお茶とおにぎりをコンビニで買って食べる。如何に自己の軽薄さと向き合うかが、課題である。いつまでもこの軽薄さがついてまわる。過去を思い出すとこの軽薄さが濃縮されて、逆流性食道炎のように胸くそが悪くなる。一つの方法として嘘をつかないこと、そしてそれを徹底化すること。心の道こそ自分の道だということを、忘れないようにしたい。なぜなら詩は心の路傍に咲く花なのだから。いくら外面を取り繕ったとしても、真実はすべてお見通しである。僕にとって書くという行為は、運命の人に手紙をしたためることに似ている。また書くことは愛に報いる行為でもある。それを実行するために必死なのだ。ただそれだけのことなのだから、第三者から見れば滑稽に見えても仕方ないことだろう。言葉を刻むこととは、たましいを刻むことと同義語である。
午後1時半頃から雨が降り出した。傘を持たないで外出してしまった。用事が済んだら寄り道をしないで、早く帰宅しようと思う。午後2時32分、和光市駅で準急川越行きの電車に乗る。雨は降り続いている。午後3時半頃に雨に濡れながら帰宅した。パルシステムから届いた食料品を冷蔵庫に収納する。ブロッコリー2個を寸胴で湯がく。