microcosmos  4

日々の思索

本村俊弘の旭町日記(60)

平成15年6月12日(木)―2003年
   History Channelの番組『ポンペイ―生き埋めにされた都市』(午後9時〜10時)を観る。ベスビオ火山噴火による自然災害を内容としたものであった。西暦97年に噴火したベスビオ火山は1週間も火山灰が降り続き、麓にある都市ポンペイは20メートルの火山灰で埋もれた。火山灰で埋もれた古代ローマ時代の都市ポンペイの発掘は1860年代から始まり、現在も続いている。発掘の成果として、ローマ時代のポンペイ市民の生活がわかってきた。ポンペイでは多くの奴隷が働いていた。ローマ時代は奴隷制度で日常生活が支えられていた。ローマ軍が侵略して勝利を収めた街の市民は奴隷になるか、死を選ぶかのどちらかであった。奴隷となった人間は家畜のように売買の対象となった。ポンペイ遺跡の中に噴火で亡くなった少女の遺体が化石化していたが、大学の研究者が綿密に調べた結果、その少女は奴隷の身分だったそうだ。アメリカ人研究者の「古代ローマ人の生と死は理解しがたい。」というコメントが印象に残った。1631年の噴火では1万8千人の犠牲者がでた。第二次世界大戦中の1944年にも大噴火を起こしている。